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日々馬鹿日記2005 Ver.1.01b

2014/9/20に はてなダイヤリー から移行しました。1.01a→http://d.hatena.ne.jp/e3uematsu/

立入禁止の境界点から

原発事故以来、浜通りには相馬までしか行っていなかったが、ふと思い立って警戒区域との境界まで行ってみることに、ついでに、営業休止している常磐線の様子を見に行ってみた。

  • 境界点まで

緊急時避難準備区域との境界 と思われる場所(福島県南相馬市原町区堤谷)
半径20km圏との境界点と思うのだが、立ち入りが自由になっているため分からなかった

宮城では徐々に残骸が片付けられていく中、今も津波で運ばれた残骸が残っている。

国道6号線

警戒区域との境界(福島県南相馬市小高区行津)
一般車両は通行止めとなるが、通行する車両の方がおおいせいか、検問のようになっていた。

警戒区域目前の交差点

検問所

  • 桃内駅

警戒区域の直前で引き返し、JR常磐線の様子を見に行った。
磐城太田・小高・桃内は警戒区域から解除されたものの、代行バスは通っていない。

駅入口

駅は高台にある。

消えている信号

南側はしっかりツタにまみれている

震災前のダイヤの時刻表

駅票

連結器らしき部品

  • 桃内駅から小高駅まで

踏切 津波ではなく地震の揺れで壊れたようである。遮断管も撤去されていた


高さ制限の表示も破損

小高駅を望む。草にまみれている。


小高駅付近の様子。だれもいない街

小高駅 駅舎自体に大きな被害はない様子

駅は施錠されていて入れなかったので、窓越しで撮影。

駅前

陸橋から駅構内を望む。草で覆われているが、津波の影響があったのかは不明

駅東側
日中の立ち入りができるとはいえ、居住に制限があるため復興にはまだまだほど遠いようである。
南相馬市の中心部(原町)をすぎると、国道沿いにある店のほとんどは休業状態になっていた。かろうじてガソリンスタンドが賑わっているような状態である。


駅入口にある郵便ポスト

日付を見ると、震災直後に設置されたようである。

駅前 人は住んでいるようである。

駅構内

駅票

時刻表 震災時のダイヤのままである。
半径20kmの境界点である。

震災後にここから亘理まで代行バスを運行していたが、相馬〜原ノ町だけの電車運転を始めている。たった4駅の運転に意味があるのかと言われそうであるが、代行バスで50分近くかかる距離が電車ではたった20分で到達できる効果は大きいようである。

原ノ町駅 駅舎

改札口

留置線に停車したままの415系651系

汚れがそのままの651系

上野行きのままの表示

折り返し運転は701系
「相馬」の表示がないので行き先表示は空白
相馬まで1往復したが、信号機・ATSとも正常に作動していた。信号機は指令所操作ではなく駅での操作をしていたようである。

以下、12/19追記

  • 鹿島駅


駅舎 修復をしたのだろうか、だいぶ綺麗である

待合室 原ノ町〜相馬のみの乗車であればSuicaが使えるので、簡易改札機が用意されている。

運賃表 磐城太田以南は消されている。

駅前の観光マップ


駅舎

駅構内 左側の3番線は使用休止のため柵を設けている。

  • 相馬駅


折り返す701系

駅構内

駅の北側 信号機はついているが、枕木で止められている

代行バス


駅舎 代行バスは駅前まで乗入れる

検査済みの紙が貼られている。中には時間つぶし用?の漫画やノートなど。
時刻表 震災前のダイヤである

撤去された簡易Suica改札機

駅構内

相馬側 こちらも草にまみれている

駒ヶ嶺の次は新地駅で、ここから北は津波で駅舎・車両が破壊された区間になる。
原ノ町から南へ行った感想としては、原発による影響を除けば、地震の被害はあまり大きくなかったという所である(原発に一番近かった桃内駅も跨線橋はしっかりと現存していた)。国道沿いでは津波で運ばれたと思われるゴミが落ちているが、近くの家に被害はないように見えた。