休職生活
今日から休職することになった。
ここ数ヶ月、通勤時だけでなく勤務中の体調不良が頻発していて、9月の四連休にリフレッシュを試みたものの効果がなく、産業医との面談と、紹介された心療内科の診断結果(心身症で1ヶ月の休養と診断された)を踏まえ、今日から休職することとなった。
一番の原因は業務量過大及び集中と、周囲の環境(比較的うるさい場所)によるもの。業務内容を見直してもらうも、ほとんど効果はなかった。先週木曜に産業医と相談したところ、心療内科の受診を勧められ、火曜日に受診したところすぐに診断書を作成してもらった。昨日出勤して診断書を渡し、その日のうちに業務引き継ぎをして休職になった。
まあ、正直言うと上司と上手くコミュニケーションが取れてなかった点はある。毎日の業務報は出していないが、業務量が多い状態で自分自身が業務を整理できていなかった。結果として適切な報告もできていなかった。 また、無理をしていたところもあった。年齢を重ねるにつれ、できると思って引き受けたができない状態になった事、それを正直に言わなかったのも問題といえば問題。
では周りに引き継ぎできる部下がいるかというと、直属の部下はおらず、事実上自分が一番下になっており、仕事を手伝うとなると上司に相談するしかない状況。 なかなか与えられた仕事を出来ないという事を言い出すのはきつい。それができないまま、体調を崩した訳である。 まあ、なんとか引き継いだ。いや、正しくは引き継いでもらった。
約1ヶ月は自由に過ごせる(有休は大量に残っていたのでそれを使用)が、あくまでも病人であるので気軽にどこかに行ける訳ではない。ただ、これからどう生きていくかを見つめ直す時間はできた。今の職場に留まるか、ほかに面白そうな仕事、業界に行くか、色々と考えたい。
入れるようになった道と駅
常磐線が全線復旧してもうすぐ1ヶ月。新型コロナウィルスでひたちには乗れていないが、駅の様子だけ見に行った。
・富岡駅
代行バスの姿はない。全線開通を期に無人駅となった。
・夜ノ森駅
駅前に入るルートは限定されていて、指定以外の道路はゲートが設置されていた。
駅周辺は帰還困難区域で避難指示は解除されていない。道路だけ通れるようにしている。駐車場のすぐそばにも看板が
桜を見に歩いている人がちらほら。
・大野駅
大野駅も同じく進入ルートは限定。
こちらも駅から出たらすぐ帰還困難区域。自由に歩けるのは駅周辺だけ。
復旧を期に棒線駅(行き違いができない駅)となった。線路があったところはアスファルトで舗装している。
・双葉駅
双葉駅周辺は比較的自由に行き来できる。ただ、浪江駅周辺と違い「立入規制緩和区域」に指定されていて一部の制限は残っている。
こちらも棒線駅に。
・浪江駅
避難指示が解除されていなかった数年前に比べると、いまだに震災当時のままの建物もあれば、最近建った建物もあり、ちょうど復興の最中という感じである。国道沿いにも新しいスーパーが出来ていた。
気づかなかったのが、国道6号線の二輪車通行可能化。
www.minpo.jp
www.meti.go.jp
先月4日に国道6号通過の規制要件が緩和されていた。いつもなら「○km先二輪車通行禁止」という表示が定期的にあったのが消えていたのだが、理由はこれだった。
これによって原付以上の二輪車が事由に通過可能に。自転車と歩行者は引き続き立入禁止。
また、今回の国道6号のように二輪車の通行ができるようになった道路もあれば、引き続き二輪車はNGの道路もある。
震災から9年。原発事故で復興が遅れている地域の復興は多方面で進んでいる。
2019年を振り返る
移動、旅行では、初めて四国に上陸。瀬戸大橋を渡った。
日帰りだったのでほとんど何処にも寄らなかった。あとは例年に比べて移動はしなかった。
それ以外はあまり大したことはなかった。ただ仕事面では昇格した分、仕事が大変にはなった。ストレスも少し溜まってしまった。
来年は少しでもストレスフリーになりたい。