立入禁止だった場所から
約4年前、警戒区域の境界から宮城に戻りながら常磐線の営業休止になっている駅を見に行った。
e3uematsu.hatenadiary.jp
あれから時が経ち、警戒区域は避難指示解除準備区域になり、被災してそのままになっていた常磐線は運転再開の準備が進んでいた。その様子を見に行った。
・常陸太田駅
来週、避難指示か解除されるのに伴い常磐線 原ノ町駅~小高駅も運転を再開する。その中間駅
工事車両が止っていたので中に入ることは出来なかったが、近くの踏切はいつでも動ける状態になっていた。
(2012年)
・小高駅
駅の屋根に掛かっていたビニールシートはすでにない。
駅構内に張っていた草はもうない。折り返し運転のための仮説のホームが付いていた。
駅前は綺麗。既に帰還している住民が手入れしているのかもしれない。
(2012年)
・小高~桃内駅
駅の南にある信号機。ここも草で覆われていたが、既に整理されており、信号機には×(使用停止の標識)が掛けられていた。
線路上に工事用車両が止っていた。
(2012年)
・桃内駅
駅構内は工事中だったので中に入れず。
(2012年)
前回は桃内から北の区間だったが、今回は桃内から浪江までの間も見てみる。常磐自動車道が浪江ICまで開通した時は浪江町は素通りで、街の中に入るには「検問」を通らなければならなかったのだが、今回やってきたら検問はなくなっていて事実上自由に出入りできるようになった。今年4月から避難指示解除準備区域と居住制限区域についてゲートを撤去したようである。震災後初めての浪江町中心部である。
桃内~浪江間も復旧工事中
浪江町中心部への入口。以前はここに「検問」があった。
浪江駅
浪江駅前
大きく被災した建物
中心部はいまだ震災当時のままで、被災した建物が目立った。地震によるものなのか、風化によるものなのか分からないものもあった。
双葉町との境界
境界に近い踏切
境界から南を眺める
双葉町への入口は閉鎖されている。帰還に向けた作業が進む浪江町と異なり、双葉町は町北部の沿岸地区だけが避難指示解除準備区域で、町の中心部を含めたほとんどは未だ帰還困難区域になっている。
今回初めて浪江町の中心部まで入れたが、双葉町・大熊町はほとんどが帰還困難区域でいまだ中心部には入れず。その先の富岡町も北部の夜ノ森駅周辺は入れないようである。ただ浪江のように、時間はかかっても自由に出入りできる日はいつかくると思いながら引き返した。