日々馬鹿日記2005 Ver.1.01b

2014/9/20に はてなダイヤリー から移行しました。1.01a→http://d.hatena.ne.jp/e3uematsu/

3か月の停滞

新天地で仕事を始めて3か月経過した。思った以上に仕事が進まないどころか、体調不良を起こしている。

入社した1週目は座学中心の研修だったのでほぼ問題なかったが、現場に配属されて本格的に業務を始めた段階から体調不良を起こすようになった。考えられるのは、未経験業務に対する葛藤、危険度のある作業場、通勤時間の長時間化だろうか。先輩社員から叱責されることも以前よりはるかに多くなった。特に3週目からは、帰宅しても食事を取る気がしなくなった日も出た。コンビニなどで食べ物を買おうとしても買う気が失せるようになった。それと同時に会社を休み始めるようになった。仕事に行こうとすると滅入るようになり、行きの電車に乗ったものの発車の直前で電車から降りることも何度かあった。気分転換させるためにGWに1年半ぶりの遠出をしたもののあまり改善せず、仕舞には精神科医より1週間程度の休養を命じられるほどになり、復職も6月下旬までずれ込んだ。
これまで体調不良で休むことはあったが、あっても1日程度だった。それが2日以上連続になるのは自分でもあまり経験がない(5年半前以来)。復職してなんとか仕事しているが、今週頭には階段から足を踏み外す怪我をしてしまう。
何故こんなことになるのか、物覚えも良くなく、先輩社員や上司からも距離を置かれるようになっている。転職したのが失敗だったのではと思うこともあるが、何をしたかったのかのイメージが不十分だったのかもしれない。

そもそも転職したかったのは、契約社員という不安定な雇用環境下から脱却したかった。そのために国家資格を得て転職に有利になるようにした。ただ、今の仕事でその資格が生きているかというと、少なくとも現在はほとんどない。どちらかと経験がものを言う内容であり、まったくの未経験者に対しては風当たりは強い。得た資格がどこで生きるかも不透明なところがある。正直、何故未経験者の自分が採用に至ったのかもよく分からない。当時の採用面接官は今の上司だが、思えば仕事内容に対しての説明を一方的にされて「この仕事できますか?」と言われた程度である(この後二次面接に進んだ)。何十社も応募して面接に至った数社の一つだったこともあって、無理な回答をしてしまったのかもしれない。
また、長期間休んだことで周囲とも馴染めなくなっている。正直、先輩社員と一緒にいないとわからない、学習することができないのだが、何もできない人がそばにいても仕事の邪魔になるのでは、足手まといになるのではと思ったりもする。掃除機を使用した後のメンテナンスも、今まで見たことがない構造だったため手間取り、手際の悪さに叱責され、暴言も吐かれる。未だにメーターの値を読み間違えることもある。分からないことも聞きづらくなってきていて、これ分かりますよね?と聞かれて本当は分からないのに「はい」と言ってしまうことも何度かあった。そして本当はわかってないことがバレた。作業忘れも何度かあり、それも先輩社員が見ている中で行ってしまう。なんでこんなに上手くいかないのだろう。上手くいかないことに対して相談できる相手も周囲におらず、上司に相談するも遠回しに弱音を吐くなと言われているようで、何も解決せず正直相談しないほうがよかった。
仕事で危険を感じることもいくつかある。入社直後に「安全教育」と言われる講習を受けたが、現場ではそのようなことはほぼ履行されていないし、上司も特に関与しようとしていない。入社して2週目、高さ3メートル以上ある装置の上に登って作業することがあった(しかも急に屋上に連れていかれた)が、誰一人ヘルメットは装着しないし、高速回転する機器の内部清掃や調整をすることに対して何も説明がなかった。今から何をするのか分からず「分からない が 分からない」まま作業に呼び出されたような状態だった。それも不安材料になったのかもしれない。

ここに入ったときは、最低でも定年まで働くつもりだったし、今でもそう考えている。ただ、仕事をすればするほど不安は増える。上司も含めて周囲ともなかなかなじめない。復職しても体力的、精神的な疲れがなかなか取れず、不安は消えず、良い方向に進んでる気がしない。資格試験の勉強もしないといけないが、勉強する気力がほぼない。今の仕事では、自分の持ち味は何も出せていない。これまで得意としていたことをやってみるも現場ではいらない物で、無駄なことをしたように思う。仕事が合わないのか、現場が合わないのか、どう頑張ればいいのか。もし次に精神的な理由で休むことになったら、再度休職してもらう旨を会社(産業医)より言われている。

たまに、辞めた過去の会社に辞めずに残っていたらどうなっていただろうと思うことがある。この会社でよかったと思える日は来るのだろうか。
数か月前、おみくじに南のほうがよいと書いてあった。南のほうで仕事する機会はあるのだろうか(今の現場は東~北東)。

退職と転職2

約2年半勤めた会社を今日で退職、契約満了とした。
東京から仙台に戻ってきたが、なかなか良い会社に恵まれず今の会社に入ったが、東京で働いていた時よりも高待遇は見込めなかったし、実際もそうだった。それがあって国家資格を取るきっかけになった。約5年システム屋だったが、後半の2年半は不遇というか良い思い出がなかった。システム屋としての仕事の限界を感じた2年半だった。
昨年受けた電験二種の二次試験は不合格だった。しかし、三種を持っていたことで新たな会社に移ることになった。業種もシステムとは全く別次元である。ただ待遇は格段に上がるようである。未経験分野の人間に対してこんなにも良くしてくれるのだろうか。正直、年齢的にもこれ以降の転職はないだろうと思う。技術を磨きなおし、定年までは働きたいところである。

2025年をふりかえる

慌ただしく年の瀬を迎えている。ちなみに昨日の記事はさっき書いたもの。

今年は大厄の本厄なので早めに厄払いに行った。おかげさまでと言うべきか、今のところ大きなケガなどなく過ごすことができている。他は資格試験の勉強が中心だった。去年1問差で合格できなかった第三種電気主任技術者試験は3月の試験で無事合格し、第三種電気主任技術者免状を得ることができた。
一方で、これだけでは新たな仕事場を見つけるのは難しく、思い切って一段上(難易度はそれ以上に跳ね上がる)第二種電気主任技術者試験を受験することにした。5月頃から勉強を始めて8月の一次試験を受験した結果、まさか一発で全科目合格してしまった。当然ながらそのまま11月に二次試験を受験したわけだが、難しかった。一次試験も難しかったが二次試験のほうが難しかった。ただ、一次試験は難しい中で辛うじて合格点にたどり着いたので、二次試験も合格したい。


資格試験の勉強に注力したので休みは遠出することはほとんどなかった。特に、この一年は東北から出ることがなかった。行ったのは宮城県内を除くと、福島、山形、秋田、岩手くらいである。東京はコロナ期も含めて年1回以上は行っていたが、1回も行かない年となった(中学、高校の修学旅行やオープンキャンパスなどを踏まえると18年ぶり)。合格祈願しに以前に行ったところにお参りに行こうとも思ったが、結局我慢した。仕事で休みが取れないというわけではなかったし、どちらかというと会社都合で休みになる日が多かったので、行こうと思えば行けた。


今回はゲームの話もしておきたい。22年ぶりに事実上のリメイクを果たした「カービィのエアライダー」
個人的にリメイクあるいはVCによる移植を望んでいたのだが、第三種電気主任技術者試験が終わった翌週に突如制作が発表された。本当に発売されるんだ...しばらく本当なのか信じられなかった。その結果、Nintendo Switch2を購入することになるのだが、初代Switchを超える人気になるわけで当然販売は抽選方式に。抽選に申し込むも全滅する日が続き、資格試験の日も近づいてきたので抽選申し込みはやめた(あきらめた)。二次試験が終わった週の金曜(エアライダー発売の翌日)、予約なしでも買えるという話がちらほら出ているなかいくつか店を回ったところ、「緊急入荷」の看板を出している店があったので半信半疑で尋ねた結果、プロコンも含めて購入できてしまった。なんとなく、試験勉強を労うようにやってきた感があった。まだネットでは購入不可か抽選販売のところが多いが店頭では販売するようになってきているので、Switch2不足は年明けには解消するだろう。


試験が終わるまで遊んだりすることを極力控えた年だった。東京から宮城に戻ってきて2年。返すべきものは着実に減っているものの、今置かれている仕事環境はよくない。より上を目指せるように、以前のように年末くらいは東京に行けるような状況を取り戻せるよう、来年も頑張りたい。

最後のE3系

先週、E3系車両が山形新幹線から撤退した、はずだった。

急遽、予備のE3系車両が登板することになった。E8系車両で窓ガラス破損があり繁忙期の臨時列車運行で車両が足りなくなったため、急遽運用に戻ってきた。何回か沿線から撮ってはいたものの、定期運用終了までに乗る機会を逃していたので、急いで乗りに行った。


L72編成が急遽登板


上り列車だがこの時期にしては混雑


本当なら福島まで乗りたかったが、山形で下車。


このあと下り列車で山形に戻ってきた後、回送で仙台(利府)に戻っていた。

2のお迎え

二次試験が終わって5日後の仕事帰り、それは思いがけないものだった。

Switch2とプロコン、予約なしで購入できた。


4月の抽選受付開始以降、公式サイトはもちろん、各種販売店の抽選に申し込むも全て落選。そうしているうちに電験二種の試験が近づいてきたので抽選申し込みは試験が終わるまで中断することにした。一次試験終了後、そろそろ店頭でも購入できるだろうと店を回るもまだ購入することはできず、二次試験まで再び抽選や店舗捜索は中断。
そして試験後、時々立ち寄る店に行ったら「売り切れ」ではなく「緊急入荷」の文字。その店のポイントカードを持っていた(Webからカード画面を出すことができた)ので恐る恐る購入可能か尋ねたところ、「お買い求めいただけます」との回答。さらに「周辺機器はいかがですか?」とSwitch2用の周辺機器リストまで出てきて、その中にはプロコントローラーの写真も。こっちも購入可能か恐る恐る尋ねたところ、こっちも「お買い求めいただけます」との回答。...約5分後、Switch2とプロコントローラーが入った紙袋を持って、店を後にしていた。本体発売からおよそ5か月半、エアライダー発売の翌日の出来事だった。


※12/1追記
物置で冬眠してたこれも使えることが判明。

※エアライダー、ニンテンドーゲームキューブNintendo Classics で動作を確認

遊びと試験

去年の9月に東京に行って以来、東北から外に出ていない。
お金がないかというと、全くない訳ではない。休みがないかというと、そんなことはない(どっちかというと年末とかお盆に丸々一週間休みが出るくらい)。今の生活に陥っている中で、自分だけ遠出したり遊びに行くことに対して負い目を持っている。
東京から宮城に帰ってきて2年経過、自分が作ってしまった「負の遺産」は親の支えもあって半分近くまで減らすことができて、順調に進めば2年でフィニッシュできる見通し。しかしぎりぎりの状況であることには変わらないし、自分の待遇もほとんど変わらない。
帰ってきてやっているのは資格試験である。自分の待遇を良くする、環境を良くするためにできることとしたら、自分自身のアドバンテージを上げることしかない。何ができるか試したことがこれである。
2023年 秋〜冬:第二種電気工事士試験→合格
2024年初頭〜2025年春:第三種電気主任技術者試験→3回受けて合格
2025年初夏〜:第二種電気主任技術者試験→一次試験合格、来月二次試験
ひとつずつ試験を受けて資格を得るなかで、これは取れるのでは、これも取れるのではと思って取っていったものである。
どの試験が難しいのか。第二種電気主任技術者試験がこの中では難しい。そうでなくても、第三種電気主任技術者試験だって難しいほうに入るもので、数年かけて全科目合格するのが普通である。それに対し、もっと難しい第二種電気主任技術者試験を一発で合格しようと挑んでいるわけである。
休みの日も最低2時間位は試験勉強、仕事から帰ってきたら最低1時間は試験勉強といった、受験生みたいなことをずっと続けている。多分高校生、浪人、大学生の時よりも勉強していると思う。


試験が難しいから試験まで遊ばない、というのも一理ではあるのだが、試験期間が長いわけではないので遊べないわけではない。ただ、試験が終わる前に途中で遊びに行こうとしたら(イベントに出る約束をしたら)、一問差で試験に落ちたというトラウマが去年の夏に起きた。去年7月に第三種電気主任技術者試験(4科目中3科目がその年の3月の試験で合格済。あと1科目)があり、イベントが9月なので試験期間と重なることはないから参加表明を5月頃に出した。もちろん7月の試験までほぼ毎日勉強し本番に臨んだ。そして試験を受けたら、1問差で不合格となった。たった1問で合格点に届かなかったことがかなりショックだった。ついでに、同じ月に受けた採用試験も最終試験で落ちた。それがあって、試験が終わるまで遠出もイベント参加も控えている。そのせいなのか、翌年(今年)春の試験は高得点で合格した。さらには、夏に受けた第二種電気主任技術者試験の一次試験が、全科目一発で合格してしまったのである。そういうこともあって、イベントが試験期間と重なっていなくても、試験まで大分期間が空いていても遊びに行ったりすることにすごく抵抗というか不安を感じている。去年の秋以降イベントに出ていない理由である。たかだか資格試験だけでそんなことをする(遊びを控える)必要はないのではと言われるだろう。それでも控えているのは、今自分が置かれている中で自分だけ遊びに行く事、遊ぶ事に対する罪悪感が根底にあるのかもしれない。


資格を得ればアドバンテージは上がるが、それで生活が良くなる保証はない。何も意味がなかったということもある。それでも、何もしないよりはましである。将来がよくなるように、負い目を感じることなく遠出したりイベントに参加できるように、大事なことに注力するのである。

サイバーナビのバージョンアップを比較

車のナビを変えて7年。発売当初は年に6回の無料バージョンアップ(主に地図内容の更新)が行われていたが、年数を経過するごとにバージョンアップの中心は最新機種にシフトし、今の機種は年2回程度になってしまった(それでも他のメーカーに比べれば頻度は多いほうかもしれない)。
jpn.pioneer
※ちなみに、さっさと最新の機種に変えればいいのだが、最新の機種は光ビーコンが使えず、光ビーコンでの取得情報を活用している者としてはいまだにこの機種を使い続けている。
基本的にはSDカードを用意してアップデートを行っていたのだが、このバージョンアップ方法の変更でやむなく?スマホによるアップデートをすることになった。SDカードを用意する必要がない分楽になったかというと、そうでもなかった。というわけで、SDカードによるアップデートとスマホによるアップデートの双方を比較してみる。

  • SDカードによるアップデート

事前に16GB以上あるSDカードを用意し、専用サイトからアップデートファイルをダウンロードし解凍する。PCの操作に慣れている人であれば難しい作業ではないものの、そうでない人だと手間かもしれない。いまは専用の「バージョンアップサポートツール」が配布されているので敷居は多少は下がった。

転送ファイルのベリファイ機能も付いている作業自体も自動化されるで今は自分もこのツールを使用している。一方で、作成されるファイルが多いためSDカードの作成に時間がかかるのが難点(約1時間はかかる)。
カードが出来上がったらあとはナビ本体にカードを差す。即座にバージョンアップモードに切り替わる。
バージョンアップ中もナビ機能が使えるとは言うものの、全体バージョンアップとなるとメインプログラムを含めたバージョンアップになるため、ナビやAV機能を含めた一切の機能が止まる時間が生じる。ちなみにその間はエンジンを切ることもできない。
メインプログラムの更新が終わって地図データの更新になるとナビを使いながらバージョンアップができるが、その分時間がかかる(ナビを止めた場合は約40分、ナビ使用時は約2時間)。


また本体の操作も遅くなるため、バージョンアップ中にナビが使えることのメリットはそれほど大きいわけではない。できるならナビを止めてバージョンアップに「専念」させたほうがよさそうである。

ちなみにここまで来るとバージョンアップ中にエンジンを切っても問題ない。
全てバージョンアップが終わるとこうなる。

  • Wi-Fiによるアップデート

SDカードはいらない代わりに、スマートフォンで専用のアプリを起動し更新用データをダウンロード。ダウンロードが終わったらナビとWi-Fiで接続し、スマートフォンからアップデート操作を行う。

手順自体は非常に簡単であるが、スマホからナビへデータ転送→受信データのチェック→アップデートという流れになるのでこっちも30~40分くらいかかる(データ量によると推測)。ちなみにナビを止めての更新はできないので、これ以上早くすることはできない。
また、Wi-Fiによるアップデートは「差分更新」となりナビ全体のアップデートではないので、SDカードと同じアップデート結果にはならない点にも注意。

なお、「差分更新」をしたあとにSDカードによる全体バージョンアップを行うことはできた。


どうしても最新の地図情報がすぐ必要という場合はWi-Fiによるアップデートのメリットはあるが、時間に余裕があるならSDカードによるバージョンアップが望ましいところである。